2020.03.26法律相談室

働き方改革と民法改正。その影響と対策のポイント

4月1日に民法が改正されます。明治時代に誕生した民法を現代社会に適応した分かりやすいルールに変更するというのが今回の改正の趣旨です。

 

今回は、「働き方改革と民法改正」をテーマに、匠総合法律事務所の代表社員弁護士である秋野卓生氏にご講演いただだいたセミナーの内容をご紹介します。請負契約書・契約約款の見直しのポイントについても解説いただきましたので、是非お役立てください。

 

    1.働き方改革が住宅業界へ及ぼす影響

    2.民法改正までに準備すべきポイント

 

1.働き方改革が住宅業界へ及ぼす影響

住宅業界でも環境が日々変化しています。最近では、従業員が退職間際に未払い残業代の請求をしたり、退職時に従業員の引き抜きでおこるトラブルが増えてきました。4月1日以降は、労働関係法令にどのように対応していくかが重要になってきます。

 

また、働き方改革による労働時間の減少や支払賃金の見直しによる増額、若者が雇用できないことによる現場の高齢化、また新しい人材が入ってきても現場監督は抱える現場が多く、その他の業務などで忙しいため教育もままならないという状況が続いています。

 

このような悪循環から、施工不備などのトラブルやクレームが起こりうる可能性は年々高くなってきています。では、どのような働き方改革が必要なのでしょうか?

 

すでに実施されている事業者様もいらっしゃるかと思いますが、労働関係法令に関連して以下3つの対応が必要となります。

①時間外労働の上限規制への対応   

②有給休暇5日間付与への対応   

③労働時間の適正な記録

その他、フレックスタイムなどの導入を検討する企業は増えています。

 

今後対応が必要となることは?

今後は、36協定での労働時間の削減だけではなく、業員の健康管理も重要視される点には注意が必要です。「職場の働きやすさ」や「業務内容の効率化」といった視点が建築業界では有効なキーワードとなってきます。

割増賃金率の引き上げ(中小企業のみ)…人件費増額につながるので、できる限り1ヶ月の法定時間外労働を60時間以内にする必要があります。

同一労働同一賃金…正社員・パート社員といった従業員の「労働条件の差異」と「給与体系の整合性や合理性」について考慮する必要があります。雇用形態による労務管理をどのように行っていくか検討しなければいけません。

 

住宅業界を取り巻く働き方改革としては、いかに効率化を図るかが重要になっていきます。例えば、お客様毎の契約内容によって、利益と労働時間のバランスを考えた契約内容への整理・見直しや、社内の業務によっては電子化やアウトソーシングを上手に利用し、業務効率を図ることで現場を含めた社内の環境を整えるといったことが有効な対応方法となります。

 

 

2.民法改正までに準備すべきポイント

民法が4月1日に改正されます。民法が定めるルールについて、当事者間の合意によって「特約」として設けているのが「請負契約書」と「請負契約約款」ですから、これらを改正民法の規定に則した形で準備しておく必要があります。

 

「瑕疵」から「契約不適合」へ

民法とは、明治時代にできたもので、今となっては言葉が古すぎて使われていない条文もありました。住宅業界で多く使われている「瑕疵」もこれにあたり、過去の判例も検証した結果、現代用語である「契約不適合」という言葉に言い換えられることになりました。

 

もちろん、民法の内容自体は変わりませんが、「瑕疵」から「契約不適合」に変わることによって、言葉の意味があまりにもわかりやすくなり、売主が買主に瑕疵担保責任を負う際に、注意しなければいけない内容が増えました

 

また、「買主」・「売主」という表現に違和感を覚えるかもしれません。今回の改正では、住宅業界で使用されてきた請負に関する規定の大部分が削除され、不動産業界で使われてきた売買契約の規定を準用する形で対応することになりました。「買主と売主」は、「注文者と請負人」に読み替えることになります。

 

特別法では「瑕疵」と「契約不適合」を使い分け

住宅業界では、民法の特別法として「住宅の品質確保促進法(品確法)」と「住宅瑕疵担保履行法」があります。「住宅瑕疵担保履行法」ではそもそも法律の名称に「瑕疵」が使われていますが、この二つに関しては、「瑕疵を契約不適合と読み替える」という規定を設けて対応することになりました。

 

このため、実務上で言葉を使い分ける必要が生じます。今後、新築の居住用住宅の構造耐力上主要な部分および雨水の浸入を防止する長期保証の部分には「瑕疵」を使い続け、それ以外の短期保証の部分については「契約不適合」を使うことになります。

 

また一部の保険法人も「瑕疵」を使い続けます。例えば、施主様から雨漏りがあるとの連絡が工務店に入り、現地を確認すると実際は断熱欠損による結露だったという事態が生じたとします。この時、法律上は「品確法上の瑕疵はないが、断熱欠損という契約不適合があった」という表現になります。

 

一方、リフォームや非住宅については、そもそも品確法の適用がないため全て「契約不適合」を用います。建売住宅は複雑で、新築住宅として扱われる完成後1年間は「瑕疵」、それ以降は中古建物扱いとなり品確法の適用が外れるため「契約不適合」となります。

 

(例)工事請負等契約書の契約不適合責任について

改正民法にあわせて、「瑕疵担保責任」ではなく「契約不適合責任」という言葉に変え条文も以下のように変更しなければなりません。

「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」

但し、建設工事標準請負契約約款では「種類、品質に関して契約の内容に適合しないものであるとき」という条項となっており、数量に関する契約不適合は規定されていません。請負契約書の位置づけは特約となるので、民法改定となれば請負契約書ももちろん変更しなければいけないということになります。土台となるのは、改正民法の下記条文です。

 

改正民法562条1項

引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。」

 

2020年4月1日よりも前に契約を締結された場合は現民法、それ以後は改正民法に踏まえた契約書にしなければならないので、改正民法にあわせた契約約款の改定が急務となります。民法改正によって「責任の範囲」は広くなるのか、とよく聞かれますが広くはなりません。

 

考えられる「契約不適合」は?

「瑕疵」が「契約不適合」という言葉に変わりますが、これまで「瑕疵」は傷や床の傾斜や雨漏りなど欠陥現象を連想させる言葉でしたが、今度の改正民法での表現は「種類」・「品質」・「数量」の「契約不適合」となるので、以下のようなケースが考えられます。

 

「種類」についての契約不適合

たとえば、建物の断熱材の種類が実際使用されているものと違った場合、種類の関する契約不適合となる可能性があります。改正民法の「種類」による契約不適合は、何をもって契約不適合となるかも今後の判例で目を光らせなくてはいけない項目となります。

 

「品質」についての契約不適合

品質に関する契約不適合はとても広範囲な概念です。たとえば、高気密・高断熱の魔法瓶のような家を作り、冬でも暖かいという言葉を売り込みにしていたのに、買主より「冬寒いぞ」というクレームが発生する可能性もあります。買主様とのイメージギャップが生まれてしまった場合、品質の契約不適合責任が問われるリスクがあります。

 

「数量」についての契約不適合

「数量」に関しては、たとえば、見積書記載の建材の数量が実際に使った数量と違うというクレームも出てきかねません。これについては、精緻な見積書の作成、あるいは「見積書の記載欄にある数量は目安となります」といった注意書きを入れるといった対応が必要になります。

 

また、裁判になると、数量に関するクレームの大半は品質に含まれるものです。たとえば、鉄筋量の不足などは、構造上の耐力を満たさないといった品質に関する契約不適合に含まれると捉えられることがほとんどでしょう。これからは契約締結時がより一層重要になると理解して対策を打つことが求められ、営業担当者も一層脇を締める必要があります

 

言葉や表現がわかりやすくなった半面、施主からのクレームが広範囲に渡る可能性があります。民法改正により「責任の範囲」は広くはなりませんが、言葉がわかりやすくなった分、確実にクレームの幅は広がったということです。品質管理の観点から、照合作業(図面通りできているかなど)をしっかりと実施することが重要となります

 

どのような契約不適合が増える?

約定違反型の瑕疵

実際の建物が図面通りに施工されていないという裁判がおこりうるケースがあります。施工をすれば壁の中にすべて隠れてしまいます。今後そういった点を誰の目でチェック・記録をするのか、また現場監督や大工さんの意識改革を行うのか、現場でも契約書との整合性をきっちりと保つことが重要な課題となってきます。

 

法令違反型の瑕疵

建築基準法が関わる領域に対して、工事監理者がなぜチェックしていないのか指摘を受けている事案があります。

元来、住宅会社には社内の建築士不足問題があり、全現場の全施工を確認することは極めて困難です。しかし、問題が起こった時に、建築確認申請書上の工事監理者に名前があっただけで、建築士の懲戒処分を受けてしまったという方もいます。大工職人が法令に詳しくないゆえに、違反建築建物が建築されてしまうという事例も考えられます。では、大工職人にきめ細かく指導していなかった責任の所在はどこにあるのでしょうか?

 

施工精度が悪いという瑕疵は以前からもクレームの中心です。現場で法令違反があるのか、という目線は今後とても重要となってきます

 

 

契約不適合責任の効果について

売主が買主に瑕疵担保責任を負うことに変わりはありませんが、言葉の意味があまりにもわかりやすくなったので、種類・品質・数量で粗を狙ってクレームとなってしまう可能性もあります。責任範囲が変わるわけではありませんが、契約不適合になった場合の効果は改正民法では変わってきます。

 

現民法での売買契約においては、損害賠償の請求をするか、契約の目的を達成できない場合は解除するか、選択肢が2つしかありませんでした。しかし改正民法では、契約不適合の状態に応じて「履行の追完請求」、「代金減額請求」、「損害賠償請求」、「解除」という手段があります。

 

「履行の追完請求」について

「瑕疵担保責任」が「履行の追完請求」という言葉に変わり、たとえば、床に多数の傷があって完成した住宅の出来栄えが「70」しかなかったとします。この時、注文者が全く傷がない「100」の状態の住宅を建てると契約したのだから、ゼロから建て直してほしいと主張することはできません。この不足している「30」について補って「100」の完全な状態にすることが、「追完」ということです。これは、分かりやすい変更だと思います。

 

「代金減額請求」について

さらに、改正民法では新しく「代金減額請求」という概念が設けられました。これは「契約不適合」が発生したときに、クレームで多く出てくる項目になると懸念されています。

想定事例としては、建物が完成間近となり施主と工務店との紛争が激化して、施主が最終残金の支払いをストップし、直してほしい箇所についても過剰請求になったときに、「代金減額請求」をしてくる可能性があります民法改正後は請求も受ける可能性も視野に入れて契約書の改定をしていかなければいけないということです。

 

クレーム対応では、スピーディな対応が求めらます。契約約款に、補修工事費用が代金減額の基準である旨の規定を設け、ペナルティ的な過剰な減額は受けられませんと明記することが重要です。いくら値引き可能かの代金減額請求の基準も契約内容に明記しておかないと、買主側の根拠のない請求が来ても困ります。規定を設けることで、トラブルを最小限に留めることができるのです。

 

変わる「時効制度」と「保証期間」

改正民法では、契約から発生する責任期間という概念が大幅に変わります。現行民法では、引渡し日を基準として、事例ごとに様々な規定を設けていました。これまで、瑕疵担保責任については引渡し日から建物その他の土地の工作物は5年、堅固な建物の場合は10年、それ以外の瑕疵については1年の責任を負っていました。

 

これが、改正民法では、施主が契約不適合を知った時から1年以内に請求権を行使し、その上で知った時から5年または、引渡し時から10年の責任を負うことになりました。小さな工事であればあるほど、この変更の影響は大きくなります。たとえば、水栓金具の取り換え工事のような軽微な工事の保証も、改正民法上10年になってしまいます。

 

さすがに水栓金具の取り替え工事で10年保証というのは長すぎます。そこで、改正民法対応として、当事者間で保証期間を短くするという合意をすること、つまり契約約款の中に瑕疵担保責任期間の条文を設けることをお勧めしています。あるいは、契約約款に保証書を添付して、保証書の中に細かく保証期間の合意事項を記載するという方法もあります。こういったことで、現実的な保証期間を設定することが必要になってきます。

 

ただし、消費者の権利として10年が定めているにも関わらず、5分の1となる2年にするような特約はあまりにも消費者に不利益に過ぎると、消費者契約法違反に問われる可能性があります。そこで「知ってから1年」を「引渡しから2年」とするのは「失権効期間」の変更であると明記することで、この問題点を回避できるのではと思っています。

 

また、短期保証期間の設定については、改正民法対応としてだけではなく、各社の戦略も視野に入れた上でじっくりと検討していただきたいと思います。瑕疵であろうと、契約不適合であろうと、建物を引渡す時にそれが存在することが絶対条件です。引渡し時には不具合がないのに何年後かに発生するというのは、経年変化によるものであって、瑕疵ではありません。つまり、短期保証期間というのは、建物引渡し時の瑕疵がどの程度後になって発見される可能性があるかということです。今回の民法改正は、こうした保証書改訂のチャンスでもあります。

 

戦略的に法律を使いこなすツールとして契約書・契約約款を位置づけることを検討し、更に契約約款と会社のビジネススタイルは、常に整合性が取れている必要性あります。不測の事態に、契約約款を確認すると答えがあることが重要なのです。形式をしっかりと整えていくところを基軸に、民法改正に備えましょう。

 

 

秋野弁護士

秋野卓生(あきの たくお)弁護士

秋野卓生(あきの たくお)弁護士

弁護士法人 匠総合法律事務所代表弁護士として、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する紛争処理に多く関与している。2017年度より、慶応義塾大学法科大学院教員に就任(担当科目:法曹倫理)。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。

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JHS LIBRARY 編集部

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