人材リスク対策「労働関係法令への対応を」
文=秋野 卓生(あきの たくお)
住宅建築業界では、法的リスクとして「人材リスク」に向き合うようになりました。建築士・現場監督不足、総務・経理社員の退職、新卒採用の困難など、人材確保に悩まされる経営者も多いのではないでしょうか。
下請・職人の世界でも、多忙ゆえに社員を募集しようとハローワークに行ったところ「就業規則や36協定を提出しないと人材募集はできない」と言われ、慌てて作成に取りかかるという事例もあります。
また、「ホワイト工務店」という言葉もうまれ、ブラック企業を敬遠する風潮にある今、住宅業界は全般的に労働関係法規に向きあわなければなりません。
人材リスク時代の労働関係法令の位置づけ
住宅業界の各企業から法律相談を20年以上受けてきた筆者の印象を一言でいうと、「住宅会社における労働関係法令の位置づけが大きく変わった」という印象です。
私が駆け出しの弁護士であった20年前は、残業代よりも歩合手当を駆使して「有能な従業員には歩合手当込みで高い給料を支払う」といった住宅会社が多くありました。他方で、特に営業社員は定着率が高くなく、条件の良い会社に転職するといった事例もよく見られました。会社に在職し続け、会社と争うといった事案は滅多になかったと思います。
ところが今は、まったく様相が異なります。欠陥住宅裁判で争うことがメイン業務であった当事務所に、多くの住宅会社から労務に関する法律相談がたくさん寄せられてくるのです。
また、M&Aの法務デューデリジェンスを実施すると、M&A対象企業の未払い残業代といった法令違反が「M&Aが没になるほど大きなリスク」として捉えられています。
そして「ホワイト工務店」という用語が登場し、労働関係法令を遵守する会社が理想像として捉えられ、時代の遷り変わりを感じざるを得ません。
企業は人の集合体です。従業員が優秀で生産性が高く、雇えば雇うほど潤うという企業が理想的な姿でしょう。
その優秀な人材を獲得するための「採用」を成功させるためには、「ブラック企業」と評されないよう就業規則をはじめとした書式の整備が求められます。
その重要性を知った経営者から我々法律事務所に労働関係法令の法律相談が多く寄せられるのは時代の遷り変わりゆえに当然のことと言えるでしょう。
しかし、これらの労務トラブルは、秘密裏に紛争処理されているケースが多く、実際どのような労務トラブルが起きているのか、そもそも知らない経営者の方も多く存在します。
ホワイト工務店を目指す経営者に役立てるべく、匠総合法律事務所に寄せられた法律相談事例を整理し、紹介したいと思います。
働き方改革の促進は、2020年4月に照準を
2020年4月1日の民法改正に伴い、未払残業代請求権などの賃金等請求権の消滅時効期間が現行の2年から5年に伸長される予定です。
さらに、中小企業の労働時間の上限規制、大企業の同一労働同一賃金の施行も予定されています。国土交通省が推進する「建設業における週休2日の確保」をはじめとした働き方改革の動きもウォッチしながら、2020年4月に照準を定めて対策を進めましょう。
就業規則は、企業文化の醸成を意識する
就業規則には従業員と会社との労働契約の内容を落としこむわけですが、「企業理念を果たすために、こういった働き方をしてほしい」という経営者の願いが込められなければなりません。
例えば、労働者の権利である「賃金」に関する事項と経営者からの感謝の念である「賞与」が一緒になって規定されている就業規則が使われていませんか?また、賞与も労働者の権利として規定化している会社もありませんか?
賞与は、経営者から従業員への日頃の感謝の念を示す側面を持つので、経営者の裁量をある程度残しておく事を意識した方が良いのではないか、と思います。
社会保険労務士や顧問弁護士に作ってもらった就業規則を何も手を入れずに使っている。その結果、あってもなくても関係ないものになっている。といったもったいない使い方をしている経営者の皆さんは、まず、就業規則に経営理念を盛り込むことからスタートしましょう。
弁護士法人 匠総合法律事務所代表弁護士として、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する紛争処理に多く関与している。2017年度より、慶応義塾大学法科大学院教員に就任(担当科目:法曹倫理)。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。
JHS LIBRARY 編集部
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